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砂の塔






昔――地上にはカンブリアンと呼ばれる神々が居た。
彼らは人の姿をしたなにか別の生き物で、時に力強い荒神として
時に・・・守り神として地上を制圧していた――。


これは、僕の祖父が月から来た”トト”と名乗る若者から聞いた話だ。

「そんな神様たち本当に居たの?」

幼い僕はなにも無い草原に寝ころびながら、隣で嬉しそうにはにかむ青年に聞いた。

「そうですよスサノオ。
 今はもう多くの神々が去ってしまいましたが・・・・・・
 私たちはまた、新しい神様を呼んでいるんです。」

優しい声で答えた青年はなにも無いこの場所で、晴れ渡る青空を見上げ――
空に浮かぶ膨大な数の宇宙船を指さした。

その青年の名前はトト、後に異人探偵事務所を開く月から来た若者。

そして僕は、僕の名前は・・・・・・






宇宙から多くの客人がやって来た日から何年経っただろう。
長くなった髪を後ろで束ねられるぐらい時間が過ぎて、変わったことと言えば
なにも無い草原を砂で出来た巨人が歩き回り、トカゲのような人たちと挨拶するようになり
大きすぎて山のように見える宇宙船と、ゴーゴンがあらわれただけだった。

トトは宇宙人と交流を深めて”教育”とやらに力を入れ始めた。
石や木の枝で狩猟をしたり、貝やマグロを食べた後のゴミを地域ごとに細かく分けたり
木と縄を使って火を起こし暖を取る方法を多くの人たちに教えていた。

多くの人たちは興味深そうに熱心に話を聞いているが、僕はそれをただ遠くから眺めているだけだった。
そんな面倒なことをしなくても、僕には手を触れずに物を浮かせたり、火を起こしたりできる能力を持ってる。
だから今さら・・・・・・というか、どんなに大事な話でも聞くだけ無駄なのだ。
・・・・・・退屈しのぎに森の中にでも行こう。





この日僕は一日中森の中を歩き回った。
毒々しい色の木の実や、気持ちの悪い虫がうようよ居る森の中を歩き回った。
若干の肌寒さを覚えながら、ひたすら歩き回った。
森の中で迷った。退屈から逃れるために散歩をしてたのに、すぐにその退屈が恋しくなった。

いつからか森の中が異様に薄暗くなっていることに気づいた。
もしかして歩いているうちに夜になってしまったか、不安になって空を見上げた。
僕の目に映ったのは太陽ではなく、月でもなかった。
――ゴーゴン。平和の守り神と謳われるあまりにも巨大で、不安になる砂の塊が僕を見下ろしていた。

上を見続けているとしだいに眩暈に襲われ、恐怖と不安が語りかけてくる。
そして追い打ちをかけるように語りかけてくる声がもう一つ・・・・・・
「なにをしてるの?こんなところで」
びっくりして心臓が破裂するかと思い、身構えるのも忘れ振り返ってしまった。

あまりにも優しい声で、優しく語りかけてくるそれは・・・・・・
優しい眼差しをした可愛らしい少女のロボットだった。
心臓の鼓動が更に激しくなり、呼吸が出来ない。苦しい。顔が熱い。
「大丈夫?もしかして驚かせてしまったかしら?」
またも優しい声で語りかけてくる。とてつもない恐怖からこの落差だ。

僕は骨抜きになってその場にへたり込んだ。





森の中で出会った少女と、僕はすぐに仲良くなった。
名前はインカと言うらしく、人里から離れて暮らしているらしい。
巨大なゴーゴンに毎日お祈りをしてエネルギーを与え、形を維持させる役割をしてるらしい。
僕はたまたま彼女のお祈りの時間に、お祈りの場所に迷い込んでしまったようだ。

「みんなはどんな暮らしをしているの?」
人と接する機会がほとんど無い彼女の質問――彼女にとって、とても純粋な疑問だろう。
「人間も、ヘビの宇宙人も、ロボットも普通に暮らしてるよ」
しくじった。”普通”なんて、その普通を知らない相手にとって最も愚かな回答をしてしまった。
「ヘビも、ロボットも居るのね。私も他のロボットに会ってみたいわ。」
・・・・・・純粋なのか、それとも話を合わせてくれようとしたのか、頓珍漢な彼女の答えが帰って来た。

僕は家に帰らなくなった。彼女と出会ってからずっと彼女の元で一緒に暮らしている。
僕は毎日狩りや水汲みをして、たまに草花を持ち帰って彼女を喜ばせた。
彼女は持ってきた花を手に持ちながら僕の食事を物珍しそうにずっと見つめてる。
「君は、インカはご飯とかはいつもどうしてるの?」
「水と日光があれば賄えるわ、ものを体内に入れて出すなんて人間って面白いのね。」
クスクスと笑い、手に持ってる花に目を向けた。きっと彼女にとっては見るものすべてが新鮮なんだろうと思った。

ある日彼女が火を起こして何かを焼いてるのを見た。僕と同じ方法で火を使っている。
「なにを焼いているの?」そう聞きながら火の中を見た。
彼女は土の塊のようなものを焼いていた。多分・・・・・・壺かなにか。
「暇つぶしに焼き物を作ってるの。でもなかなか上達しなくて。」
渋い趣味だと思ったが、それより彼女が僕と同じ超能力を持ってることに驚いた。
僕の”仲間”だ。直感でそう確信した。嬉しくて胸のあたりが一日中温かく疼いた。





僕がインカを人の居る場所へ連れて行って数日が経った。
インカは”母船”で働いていたというヘビ2名と人間2名、そしてロボット1名と集って何かを始めるらしい。
なんでも無数にいる鉄神の中から6体を絞り出し、自然災害や他星からの侵略者を迎え撃つためのチームを作るらしい。
体が大きく、頭は良いが気持ちの悪い笑い方をするヘビの提案で結成されたらしい。
六賢神――その名前もヘビが付けた。
退屈しのぎになりそうだからと僕も入ろうとしたがインカに止められた。
「あなたには危険だわ、超能力者が集まってるのは遊びじゃないの。」
豆鉄砲を喰らったような気分だ、ふてくされながら僕はまた迷子になりに行った。

僕は歩いた、迷うことなく森を抜け次に迷子になれる場所を探した。
一人になりたかった。のけ者にされた悲しみと、インカを他人に取られた嫉妬の怒りで苛立っていた。
何がきっかけで爆発するかわからないからなるべく他人を巻き込まない場所に行きたかった。
次第に足から力が抜け、地面に突っ伏してしまった。悲しさや怒りを通り越して虚しさが襲ってきた。
「遊びじゃないのよ、か・・・・・・子供扱いだなまるで・・・・・・。」
指先で自分の頬を二、三度つついてみた。頬の弾力が僕に事実を押し付けた。

いつの間にか月が僕の真上に来ていた。どうやら突っ伏したまま寝てしまったようだ。
さっきまでの杞憂がバカバカしく思えてきて、しばらくその場で仰向けに寝転んだ。

あぁ、すごい――。星が綺麗だ・・・・・・まるで河のように見える星々に目を取られたり。
月のそばで一際輝く星に関心を寄せたり。灯りの無い星々の隙間に遠い広がりを感じたり。
チラホラと降り注ぐ流れ星に胸を打たれたりした。
自分の悩みのちっぽけさを感じる間もなく、悩み自体が消え失せてしまった。

流れ星を見ていると不思議なものが目に映った。
他の星の流れに逆らって三つ・・・・・・四つ・・・・・・ゆっくり星が動いている。
フワフワと揺れながら、ソリで雪山を滑り落ちるようにスゥーッと移動してくる。
あれは星じゃない、宇宙船だ。しかもヘビたちのものじゃない。彼らはこんな時間に宇宙船を飛ばしてこない。
一気に不安が僕を包み込んだ。アレがもし敵なら、インカが戦ったら、そして負けたら・・・・・・
僕は来た道を全力で引き返して走った。間に合え、戦いに参加できなくても報告ぐらいは出来るはずだ。





僕は全力で走った。走って、走って、それでも間に合いそうになかった。
僕が走るよりも遥かに速いスピードで僕の頭上を宇宙船が飛んでいく。
遠くにあるから他の星と同じ大きさに見えるけど、あんなものが落ちて来た日にはここいら一帯が潰されてしまう。
どうする。どうする。どうする。どうする。走りながら考えていた僕の視界に、座って休息している名もない鉄神が見えた。

名前も知らない鉄神――パッとしたデザインでもなく、いかにも群衆の中の群衆のような目立たない鉄神が居た。
だけど、なぜだろうか。座りながらこっちを見つめている気がする。
額の赤い宝石が月の光で輝いて、ドラムのような頭と肩・・・ずんぐりとした体はどことなく心強さも感じる。
僕の足は止まってしまった。そして・・・・・・
「今回だけでいいから」と、その鉄神に悲願していた。
鉄神は、少しうなづいてから僕を掌に乗せた。

六賢神が音もなく、一斉に現れた。
うち5体は空を飛べないから地上で迎え撃つしかないようだったが、1体だけがゆっくりと腕を組んで浮かび上がった。
鉄神ティアワナコ、光を司る鉄神だ。彼はブラスターを放ち正体不明の宇宙船を落とそうとしたが全て避けられてしまった。
間もなく宇宙船の反撃を喰らってしまい、眩い光ととてつもない熱風のあおりを受けティアワナコは墜落した。

攻撃の届かない距離にいる相手に対して、残りの5体は為す術もなかった。
眩い光と熱風がまたも襲い、鉄神の体の砂はガラス化してしまった。
六賢神が全滅してから僕は戦いの場に到着した。
まだだ、まだ間に合う。そう信じて僕は攻撃を仕掛けた。
敵に届かないブラスター、それと・・・・・・いや、武器はもう無い。
せめて直接ぶん殴ってやりたい、この手で、この鉄神の手で。

そう思った矢先、僕の乗ってる鉄神の腕が、足が崩れ出した。まさか壊れたか?
いや・・・崩れてはいるが壊れたわけではなさそうだ。一定の形は保っている。
「砂の体・・・・・・吸い上げられるなら、この地面も多分・・・・・・」
テオスの崩れた足を木の音のように地面に食いこませ、地面から砂、土、石、ありったけ吸い上げた。
たちまち”僕の”鉄神は肥大化し、倍以上に膨れ上がった。
そして、ため込んだ砂や土を使って一気に体を縦に引き延ばした。

僕の鉄神は、胸から下を崩れんばかりに伸びた砂の塔に変えて空高くそびえ立った。
見たことも無いような高い場所から見下ろす世界は、とても広くて、大きくて、眩暈を覚えた。
上を見れば月がこの手で掴めそうだ、流れ星だって掴めそうだ。戦いの最中ということも忘れ感動して涙を流してしまった。
・・・・・・こんな素晴らしい光景を守りたい、すがすがしい闘志が僕の中に溢れてきて、そして・・・・・・!
「いくぞ!鉄神!」
胸から放たれたブラスターが夜の闇を切り裂いて、正体不明の宇宙船を焼き尽くした。
一つ、二つ、三つ、そして四つ・・・・・・!
やり遂げた、僕だって戦えるんだ。そう呟いた途端、鉄神は砂煙を上げ崩れていった。


――僕はあっと言う間に落ちた。





目を覚ますと僕は草原で寝ていた。眩い太陽の光と、ちらほら掛かる雲が目に入ってきた。
目を向けるとなにも無い草原、いや・・・・・・昨日の鉄神が戦ったあとだ。
僕はどうしたんだろう。もしかして死んだのか?
「あぁ、よかった。目を覚ましたのね!」
僕の好きな声が聞こえる。顔を横に向けるとインカが心配そうに僕の顔を見ていた。

「一時はどうなるかと思ったわ。空から転落するなんて。」
僕は間違いなく落ちたらしい。どうやら、六賢神の皆が念力で僕の体をゆっくり下ろしてくれたみたいだ。
インカの心配をよそに、僕の頭は昨日見た光景を反芻し深く噛みしめていた。
「あの光景・・・・・・君にも見せてあげたかったよ。すごく綺麗で・・・・・・」
全部言い終わる前にインカに肩を殴られた。・・・・・・割と痛かった。

後日、僕はとっさの行動とはいえ勝手に鉄神を使ったことを咎められた。
それと同時に――戦いぶりと超能力の使い方、そして勇気を認められ、あの鉄神を貰った。
名前は決めた。鉄神テオス・・・・・・後に多くのものから”勇者の鉄神”と呼ばれるようになった。
そして、僕も・・・・・・。

テオスを貰ってしばらく後・・・・・・インカは可愛らしい双子の少女を連れて来た。
「こっちがナスカ、こっちがマヤよ。ねぇスサノオ、この子たちの遊び相手になってあげて。」
僕は軽く頷いて、双子の少女らの手を引いてさんざ歩いた森の中で遊んだ。
インカは少し離れて僕らを眺めている。とても懐かしそうに――。

これを見つけたあなたは立派な発掘家

探求することと挑戦することの素晴らしさをあなたへ。
このお話は過去の話でしょうか、それとも夢の中の出来事でしょうか。
よければ色んな都市伝説やオカルトネタ、神話を調べてこの鉄神オーパートという作品と照らし合わせて遊んだり
この作品をきっかけに不思議な事への興味と探求心を深めてみてください。
きっと見えないところに思いがけないメッセージが見つかると思うから。
それと凝り性な木曜の「ま」に付き合ってくれてありがとう。
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